柿川夜桜閑話 26 千手観音御開帳

柿川夜桜閑話 26 千手観音御開帳

昨年コロナで延期された6年に1度の御開帳です。
ご本尊は、江戸時代に作られ、その中に胎内仏として天平仏が入っているそうです。入り口には、柱が立てられ五色に綱でご本尊と繋がりご縁が結ばれるそうです。

けっこうパワフルでした。

ご本尊千手観音さまは、天平勝宝年間(762年-763年)、行基菩薩が一刀三礼でお造りになられた一寸八分の黄金の仏さまです。
文治二年(1186年)京都より下り、長い間、源氏そして村上家代々の兜仏(かぶとぼとけ)でありました。伝えによると、戦国時代、村上家の武将義清は武田信玄相手に連戦連敗、悩んだ末、兜仏の千手 観音像に祈願すると、ある晩、千手観音さまが夢枕に立ち、「春の日、山に登れ」と告げられました。義清はこれを春日山の上杉謙信をたよれとの意と理解し、お告げのとおりにすると以後勝利を得たといいます。
その後、兜仏の千手観音像は縁あって、現在の長岡に安置されるようになります。人々はこの地を千手観音の名をとって千手村と名付け、霊験あらたかな観音さまの参拝者が増すにつれ村は千手町へと発展していきました。
千手観音を蔵するゆえに「千蔵院」という寺名をもつ当寺は、江戸時代、長岡藩主牧野家の祈願寺となり、参勤交代にともない街道筋の名刹として繁栄し、中越一帯の信仰の中心でありました。

昨年コロナ禍により延期となったご開帳を本年は感染対策をとり
ながら開催します。行基作一寸八分の千手観音を腹中に秘蔵する、
京の大仏師鶴屋四郎作の千手観音さま(江戸前期)のお慈悲にみちた
尊顔・お姿を間近に拝むことができる六年一度の機会です。どうぞ
ご参拝しご縁を結んでください

 

ご開帳当日には、恒例の「善の綱」が設置されます。秘仏ご本尊
の手に五色の糸がかけられ、その糸は五色のテープにつながって内
陣から下陣へ、外に出て向拝を通り、参道の大塔婆
へと至って「善の綱」として垂らされます。参拝の方は、この「善
の綱」をにぎることで、ご本尊と手をつなぐことになり、よい縁を
結ぶことができるのです

ご覧いただきありがとうございます。 新潟県 長岡市  わかさ 鍼灸 整骨院 はり きゅう koukichi-wakasa.com

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